獣の旅と音楽

旅の思い出、獣医としての生活、あと音楽とか

ヒマラヤ年越しトレッキング〜ノックダウン〜





一夜明けても全く体調は改善せず…。
明らかにガスでお腹ぱんぱんで、朝食のパンケーキも作り置きでまずい。
一口食べてあとは残した(残りはジャム蔵が食べた)。

体の重さ、皮膚の過敏な感じ、無気力…と、水分・ミネラルなど色々と喪失してる感じ。
インドやアフリカなどで腹下したときと同じ。
ここぞとばかりに、いざというときのため日本から持って来ておいた粉末ポカリをお湯に溶かして飲んでおく。
ほんと頼りになります。


出発するも、やっぱ体が重い。
全然足が進まない。
気分も乗らない。
前日までの浅井さんとの位置関係が完全に逆転していた。

でも出発時に浅井さんが「頑張るぞ〜!」と元気に言っているのを見たり、
ジャム蔵も下痢の原因をあれこれと考えてくれたりと、
一人じゃなくて良かったなと思った。
元気出た。


しかし標高3900m付近で足が動かなくなり、大量のガスと腹の中のものを全部戻した。
出たものをよく見ると、昨日の晩飯以降に食べたものが全てそのまま出ていた。
腸にガスが溜まりすぎて、胃より先に進まなかったのかな…?
とにかく、吐いたことで気分は少し楽になり、つらいながらも休憩を取りながら進む。

ペリチェまでは頑張ろうと思っていたが、やはりつらすぎて途中で諦めた。

腹はパンパンで下痢は辛いし、気分は悪いし、靴擦れも起こして歩くの痛いし、
全然楽しくない。
こんなことするためにここまで来たんじゃない。
もう帰ろかな…。

そんなことばっかり考えながら進んだ。


次に休憩を取った宿でこの日はギブアップした。
ジャム蔵が枕を持って来てくれ、窓際で倒れ込むように横になった。
窓から差し込む日光が暖かくて染みた。

昼飯にはチキンスープを。
インスタントを溶かしただけで200ルピーも取るんか…!
と憤りながらも全部飲み、さらにホットポカリも飲み、すぐさまベッドに倒れ込んだ。

少し休んだあと、ジャム蔵と話す。
自分が来たとき、同じくラウンジで寝込んでいたイギリス人女性は馬を借りて先へ進むか下山するかしてしまったそうな。
馬のお値段は200ドル…。
ここの宿代は一泊2ドルくらい…。



ジャム蔵は基本フリーのガイドだが、一応会社にも登録しているらしく、
年が明けた3月に外国からのエベレスト登頂チームのガイドに任命されたそう。
そのため「登頂の2ヶ月前からアイストレーニングを受けなあかん。もう何回も受けてるのに。」と愚痴っていた。
そんなジャム蔵はリュックのベルトもちくちくと直してくれた。





五時ごろには日も暮れて、ヤクパンケーキに火がついて、部屋があったまるとともに香ばしいにおいがした。
「とにかく水分と電解質を摂らねば!」と思い、夕飯にはタトパニ(お湯、80ルピー!)だけを頼んだ。
道中で韓国人トレッカーが心配してくれたインスタントみそ汁と、
パラグアイで出会った荻野さんがくれた、これまたインスタントみそ汁を作る。
さらに塩を結構な量入れて、ゆっくりすすった。
五臓六腑に染み渡った。

浅井さんは本来の目的地のペリチェで明日まで待っていると言っていたが、
体力的にも余裕があったので、行って戻って来て同じ宿に泊まってくれることになった。
やっぱり仲間がいると心強かった。


一夜明けると、体が軽い!
宿のお母さんと子供たちの写真撮る余裕まで出て来た。












ちなみにこの子は女の子。


朝食にはまたタトパニを頼み、日本から大事に取っておいたインスタントのコーンスープを作って飲む。
うますぎる。

出発前には宿のお母さんがサービスでバターミルクティーをくれた。うまい。
お世話にもなったし、手持ちをだいぶ消費したのでトイレットペーパーを購入。
1ロール200ルピー…。



インド、アフリカ、日本とこれまでに3回にわたりひどい下痢を経験し、
今回は過去最悪ではあったけど、経験を活かして何とか乗り越えることができました。

体調とともに気持ちも上向きになり、勢いに乗ってペリチェに到着!
ついに標高は4000mを超えました。

富士山より高い!!




つづく