[[4]メキシコ]メキシコシティ〜テオティワカン+ソカロ〜
人類科学館の翌日、メキシコ最大の遺跡・テオティワカンへ!!!
メキシコシティ北バスターミナルからバスで約一時間。
テオティワカン内にはバス停が3か所あるみたいやけど、一番南のとこで下車。
「死者の道」を歩いて太陽のピラミッドへ。
このおばちゃんたちを見て「メキシコ版西遊記」という単語がふと頭に浮かんだ。
死者の道をはじめ遺跡内は思ってたより観光地っぽくなかった。
お土産屋さんはところどころに、あとはぽつぽつ現地の人が声かけてくるくらい。
おっちゃん「アステカノ、カレンダ。ホトンドタダ!!」
観光地の土産物売りはどこで日本語覚えて来るんやろか。
この日は土曜日(日曜はメキシコ人は遺跡や博物館が無料になる)やし、割と朝早く行ったし、
遺跡内はかなり広いし、観光客でいっぱいって感じではなかった。
さすがに昼ごろには太陽のピラミッドに上る階段で渋滞してたけど。
階段はけっこう急な傾斜。
遺跡はマチュピチュと同様かなり修復されたみたいで、石とコンクリで「遺跡っぽく」固められた箇所が多かった。
テオティワカンには最盛期で20万人が暮らしていたらしく、当時のヨーロッパの都市で1万5千人が人口としては最大やったらしいので、めちゃ規模のでかい国やったみたい。
太陽のピラミッド、月のピラミッドという名前は発見した人たちが勝手につけたもの。
太陽のピラミッドのほうがでかいけど、テオティワカンを貫く死者の道の端にある月のピラミッドのほうが実は宗教的・文化的には重要やったんちゃうかと言われてまーす。(←別にどっちでもいい人)
草っぱらが広くて静かで、遺跡に腰掛けてお昼食べてると小学校の遠足を思い出す。
昼の2時ごろには一通り見終わって、バスでメキシコシティへ。
続けてバスターミナルからメトロに乗り、
中央広場のソカロへ。
スペイン征服後に建てられたコロニアルな広場。
国立宮殿。
こちらもスペインからの征服者が植民地政策の本拠地として建てたらしい。
ここには「メキシコの歴史」なる巨大な壁画が。
スペイン語わからんくても、大体の歴史はわかるという嬉しい場所。
ほんまは回廊の壁全部を絵で埋め尽くす予定やったけど頓挫してしまったらしい。
宮殿内で修復作業に励む人々。
続いてテンプロ・マヨール。
ソカロのカテドラルの裏側で地下に続く階段が見つかり、発掘していったらうわーめっちゃ遺跡ありましたわ〜という場所。
不思議に思ったのがこれ。
階段と階段の間隔が狭すぎ…
遺跡歴史フェチ真帆さんの解説によると、大昔からこの辺では既存の遺跡の上に被せるように征服者が新しく遺跡を建築する習慣があったらしい。
ソカロ自体アステカ以前から国の中心的な場所で、スペインも国家の中心部にしたけどアステカ時代の建物は壊したり埋めたりした。
やからこの辺を掘れば遺跡がまだまだ出てきそうな予感…。
工事の度に土器とか出土して工事が延びてたうちの高校のグラウンドを思い出した。
締まりの無い感じですが、メキシコシティ編・おわり。